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ロイヤルコペンハーゲンのミニ知識

ロイヤルコペンハーゲンの設立

 1770年より鉱物を専門に研究していたフランツ・ヘンリック・ミュラーは、珪石・カオリン・長石を原料に硬質磁器の製造の試験を行っていました。バルト海中央に位置するボーンホルム島で良質のカオリンが発見されたことが切掛となり、1773年ミュラー氏によるデンマーク初の磁器の製造が成功し、1774年デンマーク初の磁器工場『The Royal Danish Porcelain Manufactory』が設立され、1775年に国王クリスチャン7世とその継母ジュリアン・マリー皇太后の支援を受け、名称を『The Royal Copenhagen Manufactory』と改名しました。現在のロイヤルコペンハーゲンです。
 同年、第一回役員会議でジュリアン・マリー皇太后の案で現在でも継承され続けているロイヤルコペンハーゲンを表す“三本の波線”マークが採用され、バックスタンプとともに製造の年代識別のマークとても刻印されています。“三本の波線”はデンマークを囲む主要な海峡(大スンド海峡・大ベルト海峡・小ベルト海峡)を表しているそうです。

 18世紀ヨーロッパでは磁器は外交の重要なアイテムとして王侯貴族に使われ「白い金」と言われていました。そんな中、ヨーロッパ諸国で最初に磁器の開発に成功したのは現在のドイツ・ザクセン州にあるマイセンです。フリードリヒ・アウグスト1世の命により長い間製造方法は門外不出とされ、その秘密保持は徹底されていましたが、大北方戦争やポーランド継承戦争、オーストリア継承戦争、7年戦争と度重なる戦争によりザクセンは侵攻を受け、磁器の製造方法も近隣諸国に流出したと考えられます。また、ザクセン選侯帝でマイセンを創設したアウグスト1世とデンマーク王フレデリク4世(クリスチャン7世の曽祖父)は従兄弟にあたる親戚関係だったそうです。また、ジュリアン・マリー皇太后の出身はドイツ・ニーダーザクセンといわれ、そのような関係からか1779年にジュリアン・マリーは磁器の本場マイセンから技術者を集めることに成功し、ロイヤルコペンハーゲン工場に大きな影響を与えました。

世界3大サービスの一つ フローラ・ダニカ

 創業当時、デンマークにも大きな影響を与えていたロシアの女帝エカテリーナ2世は磁器のコレクターとしても有名で、マイセンを始めイギリスのウェッジウッドにも陶磁器の製造を依頼し、また自国でもロシア王立の陶磁器製造工場も所有しているほどでした。その女帝エカテリーナ2世への贈り物としてデンマーク王クリスチャン7世は“フローラ・ダニカ”シリーズをヨハン・クリストフ・バイエル氏に制作を命じます。バイエル氏は大変優れたペインターとして知られ、1790年より制作を開始しますが1796年に女帝エカテリーナが他界してしまい1802年になっても完成することは無く、制作は中止されました。また、全1802点中1629点がバイエル氏が制作し、その繊細で美しく他に類を見ない程の完成度の高さと引き換えに、12年の歳月と1629点の膨大な量を制作していたことから、バイエル氏は失明してしまったそうです。このことも少なからず中断の原因になったと思われます。
 この“フローラ・ダニカ”シリーズはデンマークの草花を記した『フローラ・ダニカ植物図鑑』より2600点に上る植物を食器に描くという国家プロジェクトでもありました。しかしその絵付作業はバイエル氏がたった一人で図鑑から描き写すという今では考えられないような途方もないプロジェクトだったようです。後にロイヤルコペンハーゲンの“フローラ・ダニカ”シリーズは世界一豪華なディナーセットといわれ、不朽の名作として世界三大ディナーセット(サービス)として、現在でも愛され続けています。
 1802年に制作は中止され、エカテリーナ2世へ送られることもありませんでしたが、1803年のクリスチャン7世の誕生日の宴で使用され、1900年頃まで国の特別な機会にも使用され続けたそうです。また、現存するバイエル氏が描いたオリジナルはコペンハーゲンにあるローゼンボーグ城に国宝として展示されているそうです。

ブルーフルーテッド ロングヒット作の誕生

 1884年、新アートディレクターに画家で建築家でもあったアーノルド クロー氏(1856-1931) が任命されました。クロー氏は、アンダーグレイズ(下絵付け)技法に目を付け、釉薬の下に絵付けする技法を研究・開発ることに成功します。このことで風景画や自然界を繊細に再現した装飾が可能にしました。このアンダーグレイズ技法で製作された磁器は、1889年に第4回パリ万国博覧会で出典されグランプリを受賞し、世界的にロイヤルコペンハーゲンの名を高めました。
 また1888年、クロー氏は創業当時から続くブルーフルーテッドに新たなテイストを加え、繊細なレース模様をとりいれ、ブルーフルーテッドはハーフレースとフルレースを完成させ、繊細で可憐なレースの縁取りは、当時流行していたビクトリア調の内装と美しく融合し、大人気を博しました。創業以来、伝統とクラフトマンシップを尊重して制作を続けられています。全ての製品はハンドペイントで描かれていて、同じシリーズでも並べてみるとペインターによってテイストが全く違ってくるの大変面白く、ペインターのマークを見るたびに技術者としてのプライドと生産者として製品への愛情と責任を感じることが出来、さらに一部のマニアの方や専門業者にとってバックスタンプと製造年代識別マークは、製品の見どころの一つになっています。

ロイヤルコペンハーゲンと日本の影響

 19世紀に入るとパリ万博やロンドン万博で日本の陶磁器や美術品が展示され、日本文化への関心が高まっていました。中国趣向(シノワズリ)と日本趣向(ジャポネズリ・ジャポニズム)への憧れから、ロイヤルコペンハーゲンも同様に、ブルーフルーテッドの藍色で繊細な模様は日本の古伊万里のデザインから影響を受けたと言われています。そのため日本のインテリアや食文化にも馴染みやすく、日本の多くの方々にも人気があり陰りが見えません。

イヤープレートの歴史と由来

 クリスマスの定番となったイヤープレート(クリスマスプレート)は日本でも人気が高く、その歴史は1908年に始まり毎年制作され続けています。100年以上の歴史があるプレートのデザインは、キリスト教のモチーフや、デンマークの冬の風景、世界遺産の建物など多種多様なデザインで製造され、プレートの型は、その年が終了すると壊してしまうそうです。ですので、初年度版など過去のプレートは、アンティークやヴィンテージとして市場に流通し、人気モデルや製造数の極端に少ない年のプレートは、高値で取引されています。

 長い間、ヨーロッパの裕福な人々はクリスマスにご馳走を盛ったお皿を使用後、その家に務めるスタッフ一人一人に与え、貰ったスタッフは次第に毎年クリスマスを記念してプレートを壁にかけて飾るようになったことが由来といわれています。当初はどの名家でも木製の簡素なお皿だったそうですが、次第に他家に勝るプレートを作ることに注力し、後にいつもらったお皿なのかを記録するために、プレートに年号を入れるようになったそうです。このような心温まる風習が日本にも伝わり、現在では日本でも多くの方が、一年を記念したイヤープレートを楽しみにコレクションされています。

ロイヤルコペンハーゲンの今日

 2004年にデンマーク皇太子がご結婚された際、デンマーク国民が資金を集めて贈り物をする‘ピープルズギフト’として60人分のセットが用意されたそうです。そのディナーサービスは、皇太子と妃殿下をモノグラムにしたモチーフだったそうで特別に製造されたそうです。このディナーサービスは公式晩餐会で使用されているそうで、デンマーク王室と国民の絆の深さと親近感をロイヤルコペンハーゲンを通して感じることが出来ます。

 また、フローラダニカシリーズ以外の製品は2004年より製造を徐々にタイに移し、ブルーシリーズは日本で製造されています。

バックスタンプについて

 ロイヤルコペンハーゲン製品のもう一つの見どころでもあるバックスタンプですが、年代によって大きく違いがあります。同年代創業の他社に比べ、バックスタンプの種類が豊富で、近年ではアルファベットの上下にラインが引かれていて、その位置で製造年代が分かるようになっています。

 ご興味ありましたら是非一度ご確認いただき、またご売却のことなど、わからないことがありましたら当店へお気軽にお問い合わせくださいませ。

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